只々、感謝。(5)牧野正人と仲間たちコンサート

メンバーが決まり、伴奏合わせとなった。
稽古場は森山さんのお宅(日蓮宗の寺院)の集会場をお借りして行われたが、旧知の間柄の面々が集まり、和気藹々と大騒ぎだった。
やはり気の置けない仲間との、こういう時間がとても楽しい。

僕の演奏曲は日本歌曲(山田耕筰の蟹味噌)とオペラアリア(ヴェルディ作曲ナブッコのアリア)、そして当初は薫子さんとルチアの二重唱を予定していたが、プログラム全体を見て明るい曲の方が良いと考えてくれて、セビリアの理髪師の二重唱に変更した。

また本番の舞台で歌う時は、歌曲やアリアは舞台袖から車椅子で出て行って、舞台センターに置かれた高めの椅子に座って歌い、動きが多少必要な二重唱も僕だけは動かず座って歌う予定だった。
だが、なんとゲネプロの時に、ぶっつけで岩田さんが僕の車椅子を押し、僕の立ち位置?を動かして、さながらオペラの様に動きを付けてくれたのだ。

これは正直なところ突然の事でとても驚いた。
しかしそれ以上に僕に希望が見えた瞬間でもあった。
諦めていたオペラ出演が、なにか可能性が出てきた、オペラの舞台も夢では無いと思えたのだ。
いや、ほんの少しだけ嬉しい夢を見させてもらったと言う事なのかも知れない。
本当に岩田さんに感謝している。

僕なりの舞台


しかし今回の舞台で得られたものはとても大きく、例えば、足が不自由なジェルモンが執事の押す車椅子に乗って登場してもいいじゃないか、松葉杖のマルチェッロが居てもいいじゃないか。なんでもアリだな、そう思えたことだ。

おこがましくも芸術家、創造家、パフォーマーである僕らは、伝統や様式、型が有る中で、こうじゃなきゃいけない、こう在るべき、これじゃダメと、可能性に限界を感じたり、新しいものへの希望や期待感を無くしたら、そこで芸は終わり、感性や知性は枯渇するのだ。

演出家、岩田達宗さんに、足が不自由になって、しょぼくれていた老オペラ歌手は大きな希望を与えて貰い、忘れかけていた芸人の心を再び奮い起こさせてもらった。
これからは癌の攻撃の合間を見て、身体は衰えていく中で、もう少しだけ前向きに仕事をさせて貰おうと思っている。
同じ病気で世を去って行く知人友人がいる中で、どうして自分はこの様な、人生の「オマケの時間」を貰っているのか?
理由は分からないが、せっかくの時間、明るく大切に慈しむように生きていくしか無いが、癌という相棒から貰った苦しみは沢山有るが、またコイツから与えて貰った、気付かせて貰った沢山の大切な事があるのも間違いない。

改めて、支えてくれた皆様に心から感謝を申し上げたい。